200000hit記念連載小説

ずっと、ずっと...〜番外編〜       <和兄と彼女2>

〜愛にはまだ遠い...〜

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せんせの実習は今日で最後だった。
駆け込みみたいに、何人かの女生徒が和せんせや勇太郎先生に告白したみたい。それは噂で聞いただけだったけど...特に勇太郎先生の人気が凄いのにはびっくりした。たしかに銀縁の眼鏡が似合ってて理知的だけど、すごく冷たそうに見えるのに...『そこがいいのよ』なんて同じクラスの女の子が言うけど、あたしはやっぱり好みじゃないなぁ。それでもって気になるんだよね...誰だろ?和せんせに告白したのって...

放課後、少しだけ気になって職員室を覗いてみた。
「あれ?和せんせいないじゃん。」
瑞希ちゃんが先に覗いてくれた。あたしは、やっぱり恥ずかしい...だって昨日あんなことしたんだよ?あたし、眠れなかった...せんせの顔今見たらきっと真っ赤になってしまうよ。
「資料室かな?いってみる?」
資料室...せんせそこによくいるって言ってた。職員室の雰囲気は苦手らしい。体育科のあるうちの高校では体育教官室のほうが居心地がいいって言ってた。やっぱ体育会系だよね、和せんせは。でも資料室とかって、何か告白とかされてそうな場所だよねぇ。気になるけど、見たくないのもある。
「行こうよ、真名海!」
瑞希ちゃんがあたしを引っ張っていく。

資料室を覗くとやっぱり誰かがいた。
「小畠せんせぇ、ねぇ、携帯教えてよ!」
三年の女生徒の後姿がドアの隙間から見えた。
「溝渕、悪いがこのレポートを提出しなきゃ帰れないんだよ。わざわざ人のいないここで書いてるんだからそんな用件で邪魔しないで欲しいんだが?」
うわ〜、溝渕先輩って言ったら迫った男は必ず落とすって有名な遊び人じゃないのぉ?
「そんな用件って、ひどいなぁ。あたし先生のその身体にすっごく興味あるの。その胸板の厚さとか、腕の太さをもった男なんてこの辺にはいないのよね。流石鍛えてるっていうか...ね、後腐れないからここで、しない?」
先輩はせんせの側まで回りこんで机に腰掛けると自分のネクタイをするりとはずした。
『うそ...』
あたしも瑞希ちゃんもその光景を見ながらどうしていいかわからずに互いの顔を見合わせた。
「溝渕、悪いがその気は全然ないんだ。悪いが早く出て行ってくれないか?」
彼女の表情が歪んで、相手にされない悔しさを露にしていた。自信があったんだろうなぁ。実習生何人か食べてるって噂聞いたことある...
「そしたらあたしここで大声で叫んであげる。小畠先生に無理やりされそうになりましたって。」
「おい、何を言い出すんだ?」
「どうする?楽しい思いをするか、濡れ衣でも教育実習をパーにするか?どっちがいい?小畠先生。」
妖艶っていうんだろうか?とっても高校生には見えないような、色っぽくって悪女っぽい微笑が浮かべられていた。瑞希ちゃんが小さな声で『怖〜〜』と漏らした。
「いい加減にしないか、そんなことして何が楽しい?溝渕だったらいくらでももてるだろう?馬鹿なこと言ってないで、早く帰りなさい。担当の岩屋先生に5時半までにまとめろといわれてるんだ。」
「ほんとに大声出して欲しいんだ?」
「悪いが本当に時間がないんだよ...そんな時に女生徒に手を出す馬鹿な実習生はいないだろう?」
溝渕先輩の顔が歪んだけれど、すぐにまた色っぽい笑みを浮かべた。
「だったら携帯ナンバー教えてよ。アドレスでもいいから。ゆっくり学校の外で逢ってよ。...ね、先生、溜まってるでしょ?先生体力ありそうだけど、あんまり女性に縁がなさそうだし...そのたくましい身体だったらすごいえっちが出来そうで楽しみなんだ。」
さすがにため息をつく和せんせ。
「溝渕、愛のないセックスは空しいだけだぞ。本当に好きな相手を探してみろよ。その相手とするのが一番いいんだぞ?」
「......」
「自分を安売りするなよ。どれだけ多くの男に抱かれたとか、そんなものなんの自慢にもならないぞ。本当に惚れた相手をどれだけ愛するか、どれだけ愛されるかが大事だ。俺は高校生のセックスを悪いとは言わない。きちんと避妊して責任の取れる範囲ならな。けれども体だけのセックスは何も産み出さないんだよ。溝渕もお互いが愛しいと思える相手を探してみろよ。格好つけなくっても、素の自分をわかってくれる相手がおまえにもいるはずだよ。」
「な、なによ...綺麗事言って!男なんてやりたいだけの動物じゃない!抱いた後、後腐れがないように振舞って上げると喜ぶわ!やりたい時に相手してあげるとすっごく優しくしてくれるわ!それのどこが悪いの?女をみたら抱くことしか考えてない、隙あらば押し倒してくるだけじゃない!!」
違う!違うよ!それは絶対違うよ、溝渕先輩!となりの瑞希ちゃんの腕をぐっと掴むと瑞希ちゃんも違うよって顔してこっち向いた。瑞希ちゃんと隼人くんもまだえっちしてないんだ。瑞希ちゃんがまだいやだって言ったら我慢してくれてるって...
「おまえはそういう男にしか当たらなかっただけなんだ。溝渕の周りにもいないか?手を出してこない男、一人でもいないか?俺は、好きな子しか抱かない。その代わり大切にするし、ずっと側にいたいから何度も抱くだろう。彼女が嫌がれば決して無理強いはしない。体がほしいんじゃなくて、体ごと、心も全部ほしくてそうする。彼女が待てっていうならずっと待つ。」
「...でも、そんなに待てるはずないでしょ?好きな子ならなおさらすぐにでもモノにしたくなるでしょう?」
「まあな、けどそこでそうしたら動物と一緒だろ?人間には理性ってものがある。これでも3年は我慢してるんだ。いつでも抱けるけど、大事にしたいからずっと我慢してる。」
「腐っちゃうわよ?」
溝渕さんが力の抜けた顔でくすりと笑った。
「まあ、その前にいただくさ。熟するのをまってたんだ。」
負けたなぁって顔して和せんせをじっと見てた。よく考えるとそれって全部あたしのことだよね?一気に顔が耳まで熱くなる。瑞希ちゃんはそんなあたしを見て笑いを堪えてる。
「溝渕だって十分魅力的だ。そう思ってくれる相手出てくるさ。おまえだけを思って大事にしてくれる奴がな。それまで大事にしておけよ?もったいないぞ、おまえ十分いい女なんだからな。」
「あ〜あ、先生に彼女いなかったらなぁ...本気になれそうなのに...残念。」
「俺も残念だよ。」
溝渕先輩の冗談とも本気ともつかない言葉に和せんせはすんなりとそう返した。
「探してみるよ...あたしみたいなのでもちゃんと本気で心配してくれる人...」
「おう、頑張れよ。」
「先生、教師になったら、この学校に来る?そしたらあたし報告に来てやるよ。」
「あぁ、なれたらな。待ってるぞ、溝渕。」
溝渕さんがドアに向かってきたのであたし達は急いでそこから離れて柱の影に隠れた。がらりとドアを開けた先輩はそこで深くお辞儀をするとゆっくりと歩き去った。
「和せんせってすごいね...さすがに真名海を救っただけあるよね。あたしでも惚れそうになるよ。ほんとに、中身男前だね!」
「うん、あたしには外見も男前だけど。」
照れてそう返すと瑞希ちゃんが背中を大きく叩いた。
「大事にされてるよ、真名海は...よかったね。あんた家族には恵まれなかったけど、その分、ちゃんと和せんせみたいな人がちゃんと現れてさ...」
そういいながら、あたしの背中を押して資料室のドアに向かわせた。
「見張っててあげるから、今の感動を先生に伝えておいでよ。ね?」
顎でくいっと部屋の中を示す。あたしは頷くと思い切ってそのドアを開けた。
「真名海?」
せんせは机にもたれるように腰掛けていた。
「和せんせ、大好き!」
あたしは駆け寄ってせんせに抱きくと、さすがにせんせもその勢いと不意打ちにバランスを崩して机が後ろに飛びのいてしまった。あたしを受け止めたせんせはそのまま地べたにしりもちついた形で座り込む。
「お、おい、聞いてたのか?」
「うん、もしも溝渕先輩が大声出したら、あたしと瑞希ちゃんで飛び込んで見てたって証言するつもりだったの。」
「あぁ、そこに箱崎さん(瑞希ちゃんのこと)もいるのか?」
ドアの向こうを見た。
「うん、見張ってるって...せんせ、ありがと。嬉しかった、ほんとに...」
あたしは先生の胸に顔を埋めた。
「和せんせ、絶対先生になってね。あたし、我侭言わない。迷惑かけないようにする。もうどこかに遊びに行きたいなんて言わない。せんせが来てくれるの待ってる。これなくても文句も言わない、だから、ちゃんと先生になって?」
「ああ、ありがとうな。真名海...」
「だから、誕生日ももういいよ!もう無理やり迫ったりしないから...困るよね、やっぱり、高校の先生になる人が、高校生の彼女持ってるのばれても...」
「それも困る...」
「え?」
あたしの両肩をそっと押し戻すとせんせはあたしの顔を覗き込んだ。
「真名海に迫られるのは嫌じゃない。真名海の我侭もぜんぜん迷惑じゃない。逢いたいのは俺も同じだし、抱きたいのだって...いまさらそれは凄く困る...ちょっと辛すぎるんだけど?」
悪戯っぽく笑ってすばやくあたしの唇を奪った。うわ〜、学校でちゅうしちゃったぁ...
「え、っと...じゃあ誕生日は?」
「真名海さえ嫌じゃなかったらな...」
「嫌じゃないよ...昨日から、ずっと体が熱いくらい...だから...」
「あぁ...」
せんせの腕が優しくあたしを抱きとめる。大きな手のひらがあたしの頬を包む。引き寄せられて、近づいていくせんせの目が切なそうに細められてる。あたしはドキドキが止まらなくて、耐え切れずに目を閉じた。今度はゆっくりと重ねられた唇。角度を変えて二度三度と繰り返される甘いキスに思わず唇が緩み、せんせの舌を受け入れて甘く絡ませてしまう。こんなキスが自然に出来るようになった自分にも驚いてしまう。ようやく離されて、抱きとめられたその耳元に熱い吐息がかかる。せんせの心臓の音も凄く早くなってるみたい。腰に回された腕もあたしを離さずきつく抱きしめられていた。
「真名海...」
そう囁かれたその時、
『南野先生、どうしたんですか?』
瑞希ちゃんの声が廊下から響いてきた。
『ええ、小畠先生を探してたらここだって...』
『小畠先生ならさっき走って出ていかれましたよ。どこにかなんて知らないですけど、ここ鍵かけて出て行かれたから...』
南野先生の気配が立ち去っていく。うわ〜瑞希ちゃん凄い!機転がきくんだぁ...ありがと!!
「箱崎に感謝だな。」
小さく耳元で言った後ぎゅって抱きしめられてそのまま立ち上がらされた。
『真名海、もういい?南野行っちゃったけど、また来たらヤバイよ。』
「真名海、来週の金曜日、嫌だったり、怖かったらちゃんと言えよな?」
「うん、わかった...」
じゃあと立ち上がってドアに向かう。
「せんせ、またね。絶対先生になってね!」
出口のとこでお辞儀をしてそこを後にする。
帰り向こうの校舎の廊下できょろきょろする南野先生とすれ違ってさよならと通り過ぎる。あたしと瑞希ちゃんはいくら探しても同じなのにねぇ、とくすくす笑いながら二人顔を見合わせてた。